スイスを発つ日が近づいてくると、多くの友人が送別会を開いてくれた。ステファンの実家で開いてくれた送別会はやはり一番思い出深いものとなった。チーズフォンデューにラクレット、ロスティ、ブラットブルスト、ゲシュネッツェルテス・・。
部屋の家具は友人達が見に来て欲しいものを買って持っていってくれた。友人達から無料で貰ったものを売るなんて私も最初は断ったが皆、聞かなかった。おそらく餞別のつもりだったのであろう。まだまだ長い修行になる事は皆、理解してくれていた。 いよいよオーストリアに向かう日が来た。スイスに来た時のように製菓機材等、大きな物はすでに送ってあった。Ermatinger氏を初めスタッフに挨拶をして、駅に向かった。途中、いつも眺めていた時計屋の前を通った。シャッハウゼンには時計屋が多い。シャッハウゼンにはIWCという世界的に有名な時計メーカーがある。この時計は町の人全ての誇りでもあった。
シャッハウゼンを発ち列車は3時間程でスイスを離れオーストリアに入った。この辺りはチロルと呼ばれる山岳地方だ。11月のシャッハウゼンには雪が全く無かったが、辺り一面銀世界である。もうどれ位雪が積もっているのであろうか?線路の脇は1m位だが奥は2-3m位にも見える。インスブルック、ザルツブルグと聞き覚えのある町を通過していく。相変わらず雪は深い。リンツを通りウィーンに近づいてきた。流石に雪は少なくなってきた。やがて列車はウィーン西駅へと到着した。この駅は日本には無い行き止まりの駅となっていて、全ての列車が横一列に到着する。ここからさらに乗り換えて目的地であるBADENへと向かう。国は変われどオーストリアはドイツ語なので心強い。ウィーン南駅へ行きそこから急行列車に乗り20分程でBADENに着いた。ホームをでると直ぐ一人の男性が声をかけて来てくれた。彼がこの先一年半に亘るオーストリア生活で公私共々お世話になるManfred Schneider氏であった。 |