9月に入りパリっ子達のバカンスも終わり秋に向けて落ちつき始めたころ何気なくシェフがつぶやいた。「今日はアルパジョンのお祭りだよ」一瞬心がときめいた。「アルパジョン!」フランスを目指すパティシエなら必ず聞いた事のある言葉である。
パリ時代のアメ細工(謝肉祭) |
夕方には仕事が終わったので早速アルパジョンへ向かった。実はアルパジョンについてはフランスで最も由緒あるコンクールという以外は何の知識も持ち合わせていなかったがそれは地名であった。駅を出て街の中心部に向かって歩いていくと露店が所狭しと立ち並び、なるほど村祭りといった様相である。どこでコンクールが行われているのか?拙いフランス語で訪ねた返答に驚いた。「パティシエのコンクールだって、そんなのやってるの?」世界的に有名なコンクールのはずである。何人目かでようやく「ああ、街の中心の小屋でやっているよ。」と教えてくれた。言われた通りに行くと人だかりが出来ている。「あそこだ!」と思い駆け寄ってみると、なんと飴細工ではなく氷細工をやっているではないか!。他を探そうと離れようとした時、ふと一人の小さな女性が目についた。どうみても日本女性のように見える。まず削るまえに大きな氷を積み上げようとしているのだが回りは大男ばかりである。小さな体では1メートルもある氷を持上げるだけでも大変である。観客も皆彼女を応援している。なんとか氷は積み上げられてチェーンソウで粗削りされた後、大小さまざまなノミで彫刻されていった。最初は紅一点、小さな女性が無謀にも挑戦しているのを応援しているといった風情であったが、徐々にその歓声は感嘆の声に変わっていった。20人ほどの参加者の中、熊のような大柄なひげもじゃらのフランス人の作るペガサスと彼女の作る優しい女性の像の一騎打ちの様相となってきた。ほぼ完成間近になって彼女が土台の部分にフランス語で文字を彫り始めた。作品のテーマを彫り込んでいるらしい。まわりの観客が何故かざわついている。観客が何か叫んだが彼女は一心不乱に彫り続けている。そのうち異変に気付いた審査員が駆け寄ってきて彼女に何か耳打ちをすると彼女は真っ赤になりチェーンソウで文字の部分を削り彫り直し始めた。スペルを間違っていたようで観客の中から温かい笑い声がもれた。
パリ時代のアメ細工2(スズラン) |
作品は制限時間内に完成し、観客からは拍手が沸き起こった。ほっとしている彼女に声をかけた。「すみません。日本の方でいらっしゃいますか?」やはり彼女は日本人であった。
「ペガサスも技術的には素晴らしいですが、定番なのに対してあなたの作品は今まで見た事の無い独創的なもので、それにこんなに優しい氷細工は初めて見ました。結果はどうでるか判りませんが私は絶対、あなたの勝利だと思います。」ゆっくり話したい気持ちはあったが飴細工のコンクールを見に来ていた私は彼女にそう告げて分かれた。この後、ベルギーで彼女と再会する事になるがやはりこのコンクールに優勝していた。
寄り道をしてしまったがようやく見つけた飴細工のコンクールは村のシンボルマークともなっている広場の大きな古い小屋のような場所で行われていた。飾られた他の作品には立派なネームプレートが付けられているのに1位と書かれた素晴らしい作品には名前が付けられていなかった。立ち去ろうとした時、何かを踏みつけているのに気がつき、拾ってみると小さな紙切れに「HISASHI ENDO」と書かれてあった。この作品の作者であろう。靴後で汚れた紙片を丁寧に拭いて作品の前に飾った。氷細工と飴細工の2部門での日本人の活躍を目の当たりにして心の中で何か騒ぎ出すものを感じた。
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