「TOSHI」としてスイスに生まれ ー 。 | Vol.50

Restaurant BurneauではコースはPetitとGrandの二種類。両メニユーとも最初にアミーュズとしてキッシュ、そして次に小皿の盛り合わせがサービスされる。内容は季節によって変わるが、生牡蠣や野菜のテリーヌ、フォワグラ、クロケット、変わった所ではブリュセル名物のヴェール・ド・アンギーユ(鰻の香草煮)等々、一口サイズで小皿に盛りPetitが3皿、Geand が4皿盛る。ここまでは両Menuとも同じでこの後、Petitは前菜、魚料理、肉料理、フロマージュ、デザートと続き、Grand Menuはこれにあと二皿追加される。Petit Menuで普通の日本人ならお腹が一杯となる。コース料理のデザートは通常お任せで、アラカルトは常に14種類あった。満席で約80名のお客様の約半数がアラカルトを注文されるので14種類のアラカルトは大変であったが、よりア・ラ・ミニッツに近づけるよう、下準備は極力避ける様にした。無用なトラブルは避ける為、少しづつ改良はしながらも先輩料理人のジョン・フランソワの顔は立てるよう心掛けた。

スイス時代のパン
スイス時代のパン
デザートの変更には一々口を挿んできたジョン・フランソワであったがミナルディーズ(コーヒーに供する小菓子)に関しては、親父のお気に入りのオペラやバヴァロア・フランボワーズ等、数品を残せば後は任せてくれたので、まずはここから改良していった。ミナルディーズは二段のプレートにお洒落に盛られ一人のお客様でも11種類用意された。内容はショコラやパート・ド・フリュイ、クッキー、ムース、ティラミス等々。デザートではまだまだ未熟な私ではあるが小菓子は日本、スイス、オーストリア、フランス、ベルギーと修行してきたので料理人に負ける訳にはいかない。各国で学んできたお勧めの小菓子を試作しては親父に持っていった。自信作の中から選んで渾身の力を注いで作った菓子に親父もスタッフも気に入り、次々と人気商品となっていった。特に今ではTOSHIの人気菓子となっている、バニラキプフェルやトリュフショコラ、旬の果物を使った作りたてのタルト・フリュイなどは人気を博した。
 次に乗り出したのはパンだ。パンに関しても各国でやってきたので今よりおいしいパンを焼く自信はあった。よりインパクトを強くするために、デニッシュ系かブリオッシュ系をやってやろうと思った。特にレストランでは本格的にパンをやっている店は少ないのできっと親父も喜ぶに違いない。ホイロ(パンを発酵させる機械)は無いが機材や材料、時間のない所でも何とかやっていくのは慣れている。やろうという強い意志さえあれば後はなんとかなるものである。早速、試作に取り掛かった。乾燥イチジクやベーコン、玉葱、フロマージュ等も使おうかとも考えたが最初はプレーンタイプで勝負である。
御祝用パン
御祝用パン
何度か試作を重ねた結果「よし、これだ!」と納得出来るものが完成した。バターと卵黄をたっぷり使ったブリオッシュだ。既にキャビアに添えるブリオッシュ生地は使ってはいるがより濃厚で香りも芳醇なリッチな配合である。早速、休憩時間に二階の親父の部屋に持っていった。きっと親父も満足してくれるに違いない。一口食べた親父は私の期待通りに「うまい!」と笑顔で答えてくれた。親父はお客様以外に笑顔は滅多に見せる人ではない。調子づいた私は「店のパンの一つをこれに変えたいのですが」と自信満々で訪ねた。 「なに!駄目だ。」一気に不機嫌になり会話は終わった。 いつも無口な親父を尊敬しているがこの時ばかりは納得が出来ない。 「どうして駄目なのですか?」すがる私に親父は相変わらず無愛想に言った。 「このパンは美味しいが、私の料理には合わない!」この一言で親父の言いたい事は全て理解した。そして自分が大きな過ちを犯していた事にも気づいた