Bruneauに魅力を感じ、夢中になればなるほど立ちはだかる壁があった。Froid(冷製料理部門)Chefジョン・フランソワの存在である。Dssert全般に一々口出しをしてくる極端に変化を嫌う彼の存在は目の前の大きな壁であった。Dessertも含めて統括Chefの様な立場であった彼にしてみれば、色々と引っかき回す私の存在はなるほど目障りであるに違いない。だが本当の問題はもっと根っこのところにあった。
「私が辞めた後はどうするのか?誰がデザートを作るのか?」 私のしている事は自分では正しいと思っているが 「周りの人から見ればただの一人よがりのマスターベーションに過ぎないのでは無いか?」 ジョン・フランソワに言われて気付いた訳ではない。以前からずっと自分自身悩んできた事であった。考え抜いた末に、自然と一つの答えに辿りついた私は親父に相談に行った。 「この店で労働ビザを所得してもらえないでしょうか?」 それはすでに決断していた事では無かった。そうしないと自分自身 「これ以上前には進めない!。」という心の叫びであった。親父は無愛想に「調べてみる」とだけ答えた。親父に事務所に呼び出されたのは三日目の朝であった。珍しく満面の笑みで私を迎えた親父は言った 。 「なんとかなりそうだ。労働ビザが取れる様、精一杯努力するからChefPatissierとしてこの店に残りなさい」 私は一瞬、我が目と耳を疑った。労働ビザ所得の難しさは私も親父も重々承知している。親父が私の為に一肌脱ごうと考えてくれた事だけでも嬉しかった。夢心地で一日の仕事を終えると行きつけのBar「Chez Anne」に向かった。
店に入るとジョン・フランソワはいつもの場所でいつものようにお気に入りのビールを飲んでいた。普段より勢いよく入った私をすぐ目聡く見つけると右手を挙げて合図した。一番よく喧嘩をする彼だが一番よく飲みに行くのも彼である。 私もビールを頼んで彼の隣りに座ると一番に彼に報告した。 「まだはっきりとは決まってないけど親父に労働ビザを取るから残れといわれたよ。」 少し驚いたように目を丸くしたがすぐに右手を差し出し、しっかりと私と握手して既にビールで少し赤みがさした顔をほころばせて彼は言った。 「親父が日本人の為にビザを取るなんて初めてだよ。凄いじゃないか。おめでとう!」 私と同い年の彼は仕事が終わればとても紳士的で優しい。 大好きなベルギービール「KWAK」で乾杯した。 いつも以上にたらふく飲んだその夜はジョン・フランソワが奢ってくれた |