「TOSHI」としてスイスに生まれ ー 。 | Vol.61

前回に登場した「グラス・トリュフ」。私のベルギー時代の代表的なデザートの一つである。発想の元は「クレムブリュレ・トリュフ」。メニューにのる事はない裏メニューでジョン・フランソワから教わった。トリュフが入っている訳ではなくトリュフと一緒に密閉したガラス容器に卵を入れて置き、この卵でクレム・ブリュレを作る。これだけでトリュフの味がするのかと訝しんだがしっかりと香りが移り、なんとも言えぬ美味なのである。
グラス・トリュフ
グラス・トリュフ
ならばこの卵を使いアイスを作ってはどうかと試してみた。卵、砂糖、牛乳などと一緒に炊き込んだり、蒸らしたりと色々と試作してみたが結局、最後に荒刻みのトリュフを大胆に入れるのが一番ストレートに風味が伝わり美味しかった。試作でもたっぷりとトリュフを使ったので少し気が引けたが親父は何も言わなかった。出来上がったアイスを親父に持っていくと渋い顔で「もっとトリュフを入れろ!」と怒鳴った。結局トリュフ卵を使いなおかつ全体量の10%のトリュフを入れて「グラス・トリュフ」は完成した。これには親父も喜んで大切なお客様が来た時には嬉しそうに必ず出した。親父には何も言われなかったが後学の為に原価を計算してみた。何とスプーン一杯、日本円で約1000円であった。日本でも同じ価格帯のトリュフで試した事がある。結果は失敗で全く風味が違った。Bruneauで使っていたようなトリュフを日本で使うとすれば更に数倍のコストが掛かる事が分りそれからは店では出していない。スプーン一杯のアイスが4000円もすればメディア的には面白いのかも知れないが、幾らなんでもToshi Yoroizukaのコンセプトから外れる。ちなみにBruneauではティースプーン二杯分のキャビアにブリオッシュをつけてアラカルトで出していた。価格は約2万もしたが頻繁に通る人気料理であった。これはジョン・フランソワの担当で他の人には触らせなかった。盛り付けの終わった後のスプーンを舐めるのが癖で毎回三千円分位は食べていた気がする。結局、トリュフ風味のアングレーズソースに直前に炒った白ゴマを入れて粉砕しながら泡立てカプチーノ仕立てにしたソースと、やはりトリュフ風味のメレンゲ、そしてスティック状のパイとあわせた。白ゴマの香ばしさとメレンゲとパイの食感とがトリュフと絶妙にマリアージュした。
まかない用のショコラピエスとデザート
まかない用のショコラピエスとデザート
この頃、Bruneauでは原価計算というものを一切していなかったように思う。少なくともデザートにおいてコスト面で口出しされる事は一度もなかった。おそらくトータル的に原価率があっていればよく、デザートはいくら高価な物をつかっても「たかが知れている」 といったところであろう。私は好奇心からBruneauで使っている食材の原価をよく見ていたが、白トリュフやキャビアの値段を見ていつも驚いていた。秋のジビエ料理の代表作ベカス(ヤマシギ)の料理には50万円/kgはする白トリュフを山のようにたっぷりと振りかけていた。三ツ星レストランで働いて驚いた事は提供される料理だけでなく賄いも一流なのである。賄いは小僧が作るものかと思っていたがBruneauではSous Chef(アシスタントシェフ)が作っていた。これは特別な事ではなくヨーロッパでは普通な事だそうだ。賄いが旨くない料理人は駄目である。ということは一流のレストランは必ず「賄いも美味い!」のである。賄いで日本では高級品のモリイユ茸やムール貝なども頻繁に使われ、肉の分厚さは日本にいる兄貴に送ってやりたい位である。皆には不評であった週一のパスタも私には御馳走であった。食事の後には必ずフロマージュも出され、時には私も試作を兼ねてデザートを作った。賄いといえども手を抜く事は絶対に無く、そこで皆の意見を聞きながら新しいデザートやミナルディーズ(小菓子)を完成させていった。