アルパジョンコンクールに刺激を受けコンクール出場を決意した翌日から、毎日仕事が終わってから飴細工の練習に打ち込んだ。コンクールの初戦は2月に行われるクープ・ド・フランスに決めた。テーマが発表になるまでは毎回自分でテーマを決めて練習し出来上がった作品は店頭に飾らせてもらった。
私の説明を聞き終わった彼は訪ねた。「何故ギリシャなの?」 愛国誠心旺盛なギリシャ人とは思えない言葉だ。「次の開催国だからだよ。」 「???。ギリシャは次の次。次のオリンピックはシドニーだよ。」 「ぎぇーーー!!!」なんてこった先日テレビで見たのはその次の開催地決定のニュースだった。それはそうだ前年に開催地決定なんてありえない。買い揃えたギリシャの本は全て彼にプレゼントする事にして急いで又、本屋に走った。 気分一新、シドニーオリンピックで急遽イメージ作りに入った。結果的に敗北したがこのコンクールほどテーマ性について深く考えポリシーを貫いたコンクールは無い。そういった意味では作品の完成度は低いかも知れないが一番思い入れの強い作品である。まず今迄の概念を変えたかった。自分自身で決めたのはテーマ性に無いものは一切入れない事。バラやリボンなど見栄えがするからといって意味の無いものは使わないようにした。色調も白をベースにもう一色とし、その間のグラディエーションで勝負する事。
初めてのコンクールはやはり思いのほかてこずった、まずパスティヤージュの接着に考えていた以上に時間を労した。昼間は通常仕事をしてそれから作品作りに取り掛かるのだが最後の肝心な飴細工は三日間徹夜となった。その間厨房をずっと貸して下さったChefとオーナーに感謝。そして時間が足りないのを見かねたChef リオネルは自宅で飴細工を入れるケースを作って持ってきてくれた。これには涙がでるほど嬉しかった。 作品の名前は「En Flammes le Pacifique」(太平洋に炎をつけろ) 中央に聖火を表す大きな炎、後ろには五輪を太平洋の大波で表現し、前面にはシドニーのシンボル、オペラハウスを据え、周りには真珠貝をモチーフにした創造花で飾った。作品については時間が足りず不満な点もあったが、何よりも協力し励まして下さったリオネル氏を始めスタッフの方々の親切に感激した。結果は下に入れる乾燥剤の穴を塞いでしまう初歩的なミスから作品の艶が無くなった事もあり入賞はしたが上位に食い込む事は出来なかった。しかしそういったミスが無くとも経験不足で技術的に劣っていた事は確かであった。優勝は日本予選を勝ち抜いてきた野島茂氏と私と同じパリから参戦の遠藤寿氏、そう前年のアルパジョン覇者「Hisashi ENDO」である。そしてフランス人との三つ巴の接戦となり僅差で野島茂氏が優勝した。このコンクールの隣ではショコラのコンクールも行われており日本予選を制した朝田晋平氏、川村英樹氏が参戦しており両氏の作品は圧倒的な存在感を醸し出していた。このコンクールでは多くの事を学び、そして得た。その一つに朝田氏や野島氏、遠藤氏などと知り合えた事である。彼らには今でもお世話になっている。(川村氏とは残念ながら在欧中は会う機会がなく帰国後お会いしてその人柄に感服しました。) |