きっかけ
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きっかけ
「こんな夢のような町で本当に働く事ができるのだろうか?」これがシャッフハウゼンの町についた時の第一印象だった。中世の町並みがそのまま残る、まるでおとぎの国から抜け出したような町「シャッフハウゼン」。

チューリヒ空港から40分ほど列車にゆられると右側に古い城壁が見え始める。それがシャッフハウゼンの入り口だ。駅前の道を100メートルほど真っ直ぐ進むと、そこにはもう町の中心の広場であるフロンワグプラッツ。この広場の中央に私の最初の修業先である「ツッカーベッカライ エルマティンガー」がある。

ポストカード

神戸ベイ・シェラトンホテルに勤務して朝早くから深夜まで、とにかく無我夢中で菓子作りに没頭し、そしてふと気がつけば2年の月日が過ぎようとしていた。その間に前任のアシスタントシェフは自分の店を出すため退職し、若輩ながらその後を継ぎ2番手とも呼ばれる地位についていた。
ある日、シェフである柳橋氏に新しくできるホテルにシェフとしての誘いがきた。それは別に珍しいことではなかった。その時、シェフは言った。「鎧塚、お前いくか?」私はとっては身に余る光栄というか、なんというか、とにかく「まだまだです。」と答えるのが精一杯だった。それから数日後、ある問題が起きた。事は些細な事だったが、私には大きく胸に響く事件となった。あまりの忙しさの為にパンの責任者がパンを焼きすぎてしまったのだ。店頭に並んでしまったそのパンを見たシェフは、まず焼きすぎたその責任者を怒り、次に私が呼び出され怒られた。「なぜアシスタントシェフとしてお前が彼を怒らなかったのか」と。そのパンの責任者は年齢は私の方が1つ上だったが、パン職人としてもパティシエとしても私より先輩にあたった。もちろんパンの腕も私より上。シェフは言った。「誰だって失敗はある。おまけにパンの腕はお前より上かもしれない。しかしお前の立場はそれを許してはダメなんだよ。」シェフの言っていることは正しかった。私が同じ立場でも同じ事を言っただろう。

シャッフハウゼンの町並み

23歳でパティシエになった私は精一杯頑張ったが、それ以上に多くの人に助けてもらい、可愛がってもらってなんとか6年でホテルのアシスタントシェフの地位までたどり着いた。しかし「このままでよいのか?」という思いは常に心の内側に渦巻いていた。パティシエという長い階段を二段抜かしで踊り上がってきたような。自分だけでなく、スタッフ全員に対して如何なる理由があろうと失敗を許してはいけない立場、そしてその立場にいる自分。さらにそれ以上であるシェフ就任の話。それだけの器量と技術が私にあるのか…。その時、自分の頭の中に沸き上がってきたもの。

「ヨーロッパで一からやり直そう。」

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