ウィーンでのバカンス
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ウィーンでのバカンス
毎日ホイリゲの村からBadenまで雨の日も雪の日もワイン畑の中、自転車で通った。葡萄の木が青々と葉をつけそして実がなってくるともう待ち遠しくて堪らない。本当は駄目なのであろうが自由にどの葡萄の実も?いで食べれた。もちろん美味しい実がそのまま美味しいワインになる訳ではない。畑には農家の名前と葡萄の種類が書かれてあり、熟すると順に摘まれていく。その名前を探して行くと毎日成長を見守っていたワインが飲めるのである。その中で貴腐ワインだけは初冬まで摘まれる事なくじっと寒さにも耐え糖度が上がり飲み頃になるのを待っている。熟成しとろみがついた琥珀色の貴腐ワインは格別である。

チロルにて

ヨーロッパ滞在中の一番の趣味であった旅も、もちろん続けていた。WIENでの仕事にも慣れてきた頃、待ちに待ったバカンスがやってきた。休みに入るとすぐリュックを背負い旅にでた。インスブルックに入りチロルの山々を巡りザルツブルグへ。この美しい町並みを満喫すると2000m級の山々と真珠のような湖が次々と現れるザルツカンマーグートで澄んだ水と空気、目に染み渡る鮮緑を愉しんだ。ザルツブルグやインスブルッグも良かったが何といっても自然好きの私にはチロルの山々や小さな村に心惹かれた。スイスアルプスの圧倒的な壮大さに比べてチロルの山々はメルヘンチックな素朴さがあった。
この地方には興味深いデザートが多くあった。山のように大きなスフレSalzburger Nockerl、あんまんの中にアプリコットやプラムを入れたような温かいデザートKnodel、デザート版ニョッキのようなNudeln、パンケーキをいり卵のように解しながら作ったようなSchmarren、クレープで様々なジャムを巻き込んだPalatschinken等である。フランスがムースやババロア、アイスなど口溶けの良いデザートが主流なのに対してオーストリアは小麦粉の入った生地ベースにフルーツのコンフィテュールを掛けるやや重いデザートが主流であった。現在、私の店ではフランス、ベルギーの影響を受けたデザートが多いが今後オーストリアの素朴なデザートも少しずつ登場していくだろう。
WIENに来てから旅の楽しみに東欧が加わった。チェコやソロバキア、ハンガリー等である。当時はまだ旧東側諸国はフランス、スイスなど西側とは違った文化を色濃く残していた。好き嫌いの全くない私は旅の楽しみは何といっても食べる事と飲むことだ!チェコでは地ビールを、ハンガリーでは貴腐ワインを満喫した。ハンガリーで忘れてならないのはフォワグラだ。後にも先にもフォワグラを腹一杯食べたのはこのハンガリーの旅だけだ。もちろんフランス(ペリグー)のフォワグラも良いが値段が全く違う。当時、東欧はまだかなり物価が安かった。菓子はバタークリーム中心の少し古い感はある。もちろん一概には言えないが・・。

翌年のバカンスには南ドイツの小さな町ムルナウにある全寮制の語学学校に一ヶ月間入学した。山に囲まれた田舎町にあるこの学校。自然が好きで選んだのだが大成功だった。この町には娯楽がなにもない。山といっても特に観光になるような目玉もなく、近くに遊びにいく都市もない。休日になるとやることがないので学校に行くとほぼ全員集まっていた。放課後はもちろん休日も皆でサッカーしたりパーティーを開いたり、遠足を計画したり。「こんな退屈な町だとは思わなかった!」といつも皆で愚痴りながらも最高に楽しかった。

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