TOSHIとしてスイスに生まれ
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旅
スイス・オーストリア時代に比べるとその回数は随分と少なくなるがパリ時代も時間をみつけては旅にでた。どうしてそんなに回数が減ったかというと、この時期コンクールに夢中になっていたからである。コンクールの話は後ほどするとしてまずは旅である。旅の楽しみはなんといっても食べる事!「どの国の料理が世界一か?」などとはもちろん愚問であるがあえて上げるならフランスの名前は必ず上位にランキングされるであろう。それほど食材が豊富であり料理法も多岐多種に及ぶ。各地方には必ず名物菓子や名物料理がありそれらを目で舌でそして胃袋で必ず堪能した。
Beuneにて
ルターニュではキャラメル・サレやガレット・ブルトンヌ、そしてそば粉のクレープやシードル。バスク地方のガトー・バスクや生ハム。ブルゴーニュでは牛肉の赤ワイン煮やエスカルゴでたらふくワインを堪能しプロヴァンスではブイヤベースにパスティス。そしてアルザス地方!じつはアルザス地方にはあまり興味がなかった。何故かと言えばドイツの影響を強く受けているからである。友人からアルザスが面白いと聞くたびに「それならばもう少し足を伸ばしてドイツに行く方がいい。そこにはフランスとは全く違う文化と料理(もちろん菓子も含めて)がある!」と反論していた。この私の持論は間違ってはいなかったが、アルザスに行ってみて驚いた。 ドイツとフランスの文化が上手く融合して独自の食文化を形成しているのである。「ドイツの素朴な良さを残しつつもフランス風に洗練されている。」といった感じである。菓子ではクグロフやベラベッカ。料理ではシュークルートやタルト・フランベなどなど。どの店もレベルが高く安定している印象を受けた。もちろんこれはアルザスの料理法が比較的シンプルなせいもあるのだろうが。もともとソーセージに代表されるドイツ料理が大好きな私は手のひらを返したようにアルザスのファンになって友人からあきれられた。
Casa Batllo
旅の目的はもちろん食べる事だけではない。ヨーロッパに来て建築に興味を持った私はまずは豪華で荘厳なゴシックやロマネスク様式といった壮大な建物に度肝をぬかれ、そしてウィーン時代、建築家のフンダートヴァッサー氏の作品に魅せられた。彼の作品の自然との調和と曲線の使い方には美しいというよりも心はずみ楽しさを感じた。やがて図書館や本屋に行く度に、まだこの目では実際に見た事のない偉大な建築家の作品に心奪われるようになった。アントニオ・ガウディである。バルセロナにあるサグラダ・ファミリア聖堂で有名な建築家である。私はこの大聖堂よりもバルセロナに点在する一般邸宅や集団住宅に興味を持ちスペインへ旅立った。スペインに興味を持ったのはガウディという人と作品の他にもピカソ、ダリといった多くの天才奇才を輩出したスペインの土壌にである。ガウディも素晴らしいが街のあちこちに文化財としてではなく、彼の作品が存在している事は素晴らしいと共に驚きである。彼を私財を投げ打って応援する人が多くいたことにスペインの底力と魅力を感じた。スペインに憧れる裏にはコンクールに打ち込みながらも、それゆえに自分自身の才能の無さに気付き、もがき、そしてそこから決して逃げださないで戦っていく勇気と不安の中で揺れ動く自分がいた。バルセロナのシンボルとして建設されている大聖堂の設計者であり、天才といわれた彼が浮浪者のように道端で最後まで考え抜きながら、苦しみながら、誰にも偉大な建築家アントニオ・ガウディだと知られること無く息を引き取った事。後にやはり天才と謳われた画家ゴッホが窓もない狭い部屋でひたすら絵を描き続けた情熱、そして絵の事を考えぬいた上での自害。これらの事はこの時代、私の中では最高の美徳であった。