TOSHIとしてスイスに生まれ
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誕生日ケーキ
これまでPatissierとして働いてきてパンと料理、そしてデザートと料理や飲み物などの関連性について改めて学ぶ事が出来たのがBruneauであった。Patissierは菓子を一つ一つ完成させていくのに対してレストランは料理というものが軸にあり、それを中心にパン、ワイン、フロマージュ、シガー、コーヒー、サービスと多くの要素が複雑に絡み合い形作られていく。自分のPatissierie(菓子店)という最終目標は定まっているがその過程でRestaurantという又違った複雑さと、それゆえに存在する難しさと面白さに益々魅かれていった。これらの経験が現在の私のToshi YoroizukaというPatissierieの根底に流れているのは言うまでもない。
誕生日のアメ細工
新しい環境の中で料理人から様々な事を学ぶ事が出来た。こういった環境に入れば料理人に尊敬の念を抱きつつもPatissierとしての意地を見せたくなるのが私の癖であるがこの店に来てまだ日の浅い私にはまだまだ自由に振る舞うには制約がありすぎた。そんなある日一台の誕生日ケーキの予約が入った。誕生日や結婚記念日などの大切な日をお気に入りのレストランで過ごすのは万国共通の楽しみである。記念日には一つのケーキを皆で切り分けて喜びを分かち合うという習慣がヨーロッパでは強く残っている為アントルメ(ホールケーキ)の注文も頻繁に入った。アントルメもジョン・フランソワが作っていたがこの分野ではさすがに不得手を感じていたのかすんなりと私に任せてくれた為、すぐに私は空いた時間を見つけて試作に入った。まず主役を決めるのが私のやり方であるがそれはすぐに思いついた。「Chocolat」である。ベルギーと言えばショコラで有名であるが、ベルギー人のショコラ好きは半端ではない。まずは自国産のカレボー社の物を使う事に決めたのは自然な流れで日本人は自国生産のChocolatより輸入品を好むがスイスやフランス、ベルギーなどいずれも自国の製品に強く誇りを持っている。主役が決まれば後はそれを補佐する脇役である。何度も試作を繰り返しては皆に試食してもらって感想を聞いた。柑橘類やフランボワーズ、パッションフルーツなど様々な物を試したが最後の決め手に欠けた。悩んだ末やはり自分自身一番好きな素材で勝負する事にした。ナッツ類である。単体で食べても美味しいがショコラとの相性も最高で、又ナッツを入れる事のよって得られる食感も魅力だ。そこでショコラムースの中にローストしたアーモンド、ノアゼット、ピスタチオを入れた。中心にはまろやかさとコクを演出する為にピスタチオのクレム・ブリュレをしのばせた。水飴やナパージュを加えた艶のあるショコラでコーティングして最後に華やかなショコラ飾りで仕上げた。親父やスタッフにも大好評で記念日のアントルメは完成した。
好評につき後日制作したアメ細工
いよいよ他のデザートも出し終わって、その誕生日ケーキを出す時間となったがサービスがやってきて私に申し訳なさそうに40分程遅れる事を告げた。後片付けをしながら待っていた私は「ここだ!」と一気に心に火がついた。すぐに砂糖を鍋に入れ火にかけて型の準備に取り掛かった。周りで掃除をしていたスタッフ達は私のスパートに一体何が始まったのかと目を白黒させている。飴が煮上がると一気に作業に入った。飴細工である。コンクールで毎日練習したのが生きて、最後にお客様の名前を書いてなんとかぎりぎりのタイミングで飴細工は完成した。そしてアントルメと共にゆっくりと客席にと運ばれて行った。一仕事を終えた満足感に浸っていると小窓から客席を眺めていたフィリップが私を手招きした。なにかと思い覗いてみると何と感極まった一人の淑女が涙を流して喜んでいた。思わず涙が出そうになるのを必死でこらえた。「Patissierになって良かった」心から感じた一瞬であった。