お客様は
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お客様は
ガトー・アニバーセールと名付けられた私のオリジナルのショコラケーキは特製の飴細工と共にBruneauの人気商品となった。「ガトー・アニバーセール」それは直訳すると「記念日のケーキ」という意味である。今では親父の名前をお借りして「ジャン・ピエール」と名前が変わりTOSHIのスペシャリテとなっている。

誕生日のショコレート細工

オリジナルの飴細工と共にサービスされるケーキの評判は良く多くのお客様に喜んで頂く事が出来た。調子づいた私は、急なお客様の申し出にも対応する為ショコラ細工も作った。最初は飴細工を勢いで作ったのだか、お客様によって出たり出なかったりというのはまずい。もっともまずいといっても私が感じただけで親父をはじめ誰も何も言わなかった。仮にお客様からクレームが来ても「今日は急に言われても出来ません。」ときっぱりと断ったであろう。ヨーロッパでのサービスはお客様と対等に近い立場にあると思う。レストランに限らず、スーパーのレジや郵便局、駅の窓口などでお客様と係員が口論しているのをよく見かける。正しいと思った事はお客様相手といえども絶対に折れない。「どうして事の正否は関係なく日本ではお客様の言うことが絶対なのであろうか?」「お客様が間違う事もあるのではないか?」お客様の要望は最も大切にはするが全てお客様の言うなりになってしまえば8年間もヨーロッパで過ごした事が無意味になり、「私が私である意味が無くなってしまうのではないか。」これらの事は私が帰国後最初にぶつかった壁であった。しかしその壁をすぐに乗り越えられたのもやはりヨーロッパでの経験であった。

記念日にデザートに添えたカバ

飴細工は湿気に極端に弱い。その為作り置きができないのでいつもサービスする直前に作っていたがショコラ細工は温度管理さえしっかりしておけば作り置き出来るのである。私にとってお客様に喜んで頂く事は最上の喜びであった。そんな私には絶対に守るべき大切な事があった。それは通常の仕事に負担をかけない事であった。再三書いたが、当時のDessert部門の責任者は変化を極端に嫌った。もし私の新しい試みが通常の仕事の妨げになるような事があれば即座に責められるであろう。何かアクションを起こせば必ずその反動はある。「プラスの動き」があればどこかに必ずその反動「マイナスの動き」も生じる。私側から見れば正しい事も見る角度によっては変わる。どこから見ても納得してもらえるだけの努力とそして結果が必要だ。私は通常の仕事を正確に迅速に行って時間を短縮して記念日の細工に挑戦した。デザートを出すわずかな隙を見つけて一気に作るのだ。この時、パリ時代のコンクールの経験が本当に役立った。
「コンクールはお客様の笑顔を見るためにある。」意地になって苦しい事もあったコンクールは人を幸せにする為に存在した事を心から実感できた事は私のPatissier人生にとって大きな収穫であった。
話は又戻る「お客様に対しても自分が正しい時には自己主張してもよいのではないか?」
帰国後悩んで出した結果はOui(Yes)である。ヨーロッパでは語学が不自由な為と所詮どこかの馬の骨である私の一つの主張も理解してもらうには長い時間と結果が必要であった。それに比べれば日本では理解して頂けるまで話せる語学力と少なくとも身元の知れた悪人では無いという信用があった。「ヨーロッパとの文化の違いはあるにせよ真心を込めて説明すれば人は必ず理解してくれる。勘違いされる事は自分の誠意が足りないだけだ。」それに気付いた時、今までのわだかまりが一気に消えた。全てのお客様に対して人として真摯な態度で臨もうと。「お客様は神様ではありません愛すべき人です!」

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