スウェーデン国王歓迎晩餐会2
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スウェーデン国王歓迎晩餐会2
厳つい退役軍人のサービスの中、料理は進められていった。公式晩餐会で重要視される味の他に、衛生面と時間である。一度同じシャトーラーケンでこんな事があった。国王御夫妻主催ではあるが少人数(確か8名位)の食事会であった為、親父と私は二人で出掛けて行った。親父が料理を作り、私がDessertである。

ブリュノウにて来客と共に

この日のメインの Agneau(子羊)を親父はどうしても炭火で焼くと言う。時間厳守の王室で炭火は怖いなと思ったが親父は「この料理は炭火でないと駄目だ!」と王室を相手にも一歩もひかない。厨房では煙が会場に流れる為、地下に庭でやる様な普通のバーベキューセットを持ちこんでやる破目になった。二人だけの為、私は親父と離れたところでDessertをやるのは不安だったので、親父と同じ地下廊下で盛り付けをする事にした。最初に火をおこしておき、前菜を親父と一緒に盛る。その後、厨房横の階段を駆け下り親父は子羊を私がDessertを仕上げる段どりである。順調に前菜を出して地下に降りようと扉を開けた瞬間、驚いた。「煙で真っ白で何も見えない!」。煙の逃げ場は一応確保しておいたのだが全く排煙していない。食事会場に向かう扉は煙が逃げないよう密閉されている。私は予定通りDessertの準備をはじめ親父は子羊を焼き始めたが、密閉された地下では火力が弱く中々焼けない。私はアイスを入れてきた発砲スチロールの箱の蓋を持つとダッシュして親父の元に駆けつけ必死で扇いだ。何とか火は勢いを増し無事子羊は焼けた。時間になると真っ白で何も見えない階段から厳ついサービスマンが現れ、盛りつけた皿を手に直ぐにまた煙の中に消えて行った。なんとか時間通りに肉を出し終え親父を見ると、煙の中彼は叫んだ「Toshi Dessert!」。煙の中、十分の視界も利かなかったがDessertもなんとか無事出し終える事が出来た。少しスモーキーだったかも知れないが・・。

伝統菓子スペキュローズの型

スウェーデン国王歓迎晩餐会ではさすがにこのような事は無い。準備万端である。スペキュローズ(ベルギー伝統クッキー)をはさんだブリオッシュをアパレイユに浸し、一つずつフライパンで焼いていく。その後、オーブンで温め最後に赤砂糖で表面をカリカリにキャラメリゼしていく。そしてまだ熱々のままシコン(アンディーヴ)のアイスを添えてだす。他の方々のDessertは一斉に出されるがさすがに両国王御夫妻のデザートはとりわけおっかなそうなサービスマンが国王用である事を確認して厳かに持っていった。国王用と言っても何となく綺麗で美味しそうなものを選んだだけだ。
無事時間通りにデザートを出し終え、後片付けも終わった。荷物を店の車に積み込み帰ろうとしたとき警備員に足止めをくらった。国王が帰るのと重なったからである。正門までの200mほどの間、両側には一列にびっしりと衛兵が立ち並ぶ。セレモニーの後、ラッパが吹き鳴らされ号砲と共にゆっくりと国王を乗せた車は帰って行った。その後まだ衛兵が残る中、私達の車もまたゆっくりと進んだ。裏口もあるのに何故、私達もいつも正門から出入りするのかは分からない。ヨーロッパに来て8年目「おかしな事になってきたぞ」と自分でも不思議な気持ちで立ち並ぶ衛兵を車内から眺めながら帰途についた。
この後、スペイン国王歓迎晩餐会も手がけた。三件の三ツ星の中、新進気鋭のカルメリット、老舗のコムシェソワ。その中間にあるブリュノウはこの頃ベルギーで最も勢いがあった様に思う。そのレストランのChef Patissierとしてやりがいを感じながらも一つの事に気が付き始めていた。王室でDessertを担当したり小泉首相(当時)にDessertを出したりという栄光も全て親父がいればこそである。所詮いくら頑張っても「Bruneauにいる腕の良いPatissier」の範疇から出る事は出来ない。

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