TOSHIとしてスイスに生まれ
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紙
労働ビザ申請は考えていた以上に難航していた。そして職場内は相変わらず暴れ回る私に険悪な雰囲気であった(VOL63参照)。慌てず気長にやれば良かったか?。いやそうでは無い。料理が出し終わり親父(Bruneau氏)の凄まじいプレッシャーの後の解放感はわからないではないが立場的には仕方が無かったと思う。そんな中、メイトルのサルバトーレやシェフのエルベが理解してくれていた事もありサービス達は徐々に歩み寄ってきてくれた。元々は三ツ星で働く事にプライドを持つ優秀なスタッフ達、デザートは料理の締め括りでありその大切さは認識していた。喧嘩をしながらも頻繁に溜まり場のBarに立ち寄り語り続けたのも功を奏した。日々少しずつ彼らのデザートを運ぶ動きにも緊張感が出てきた。決して彼らは私の熱意に感化された訳でもプレッシャーに屈した訳でもなく、「自分達のサービスマンとしてのプライドに火がついた」のである。
パイナップルのデザート
そんなある日、区役所に呼び出された。いつもの事である。又書類が足りないだの間違っているだのと嫌味を言われるのであろう。夕方の休憩時間に行くとおもむろにカードを渡された。一瞬何か解らなかった。良く見ると労働ビザ(紙)のように見える。「これは労働ビザですか?」問いかける私に淡々と「Oui(はい)」とだけ答えた。 これが待ちに待った紙なのか?まだ喜びも沸かずピンとこない。まごまごとしているといつもの嫌味な言い方で「いらないのか?」と問いかけてきた。本当に取り返されそうな気がして、「Merci beaucoup(ありがとう)」と一応御礼を言い急いでカードを鞄の中にしまった。係官は「Je vous en prie(どういたしまして)」と初めて笑った。
区役所を出ても家に帰る気にはなれなかった。足は自然と店に向いた。「紙だと言ったが本物では無く仮の物ではないか?」何の根拠もないがそんな気がしてきた。良く見ると写真も割印はしてあるがホッチキスで止められていて簡単に偽造出来そうである。店に着くとすぐ事務所を訪ねた。予想通り事務のおばさんがまだ残っていた。休憩後だとおばさんはもう帰ってしまう。「今さっき、区役所で受け取ったんだけどこれって労働ビザですか?」尋ねると彼女はカードをじっくりと眺め答えた「間違いないわ」。ようやく嬉しさがこみ上げてきた。手続きを始めてから一年半ようやく手にいれた紙である。一旦家に帰り早速、心配してくれていた友人達に片っ端から電話をかけた。通常は夜の営業に向けて一時間ほど仮眠するのだが眠気など吹っ飛んだ。皆、自分の事のように喜んでくれた。一番親身になって心配してくれていた佐々木氏は色々な事を説明してくれた。紙にもランクがあり下の方らしいがそんな事関係ない。間違い無くビザなのだ。
区役所を出ても家に帰る気にはなれなかった。足は自然と店に向いた。「紙だと言ったが本物では無く仮の物ではないか?」何の根拠もないがそんな気がしてきた。良く見ると写真も割印はしてあるがホッチキスで止められていて簡単に偽造出来そうである。店に着くとすぐ事務所を訪ねた。予想通り事務のおばさんがまだ残っていた。休憩後だとおばさんはもう帰ってしまう。「今さっき、区役所で受け取ったんだけどこれって労働ビザですか?」尋ねると彼女はカードをじっくりと眺め答えた「間違いないわ」。ようやく嬉しさがこみ上げてきた。手続きを始めてから一年半ようやく手にいれた紙である。一旦家に帰り早速、心配してくれていた友人達に片っ端から電話をかけた。通常は夜の営業に向けて一時間ほど仮眠するのだが眠気など吹っ飛んだ。皆、自分の事のように喜んでくれた。一番親身になって心配してくれていた佐々木氏は色々な事を説明してくれた。紙にもランクがあり下の方らしいがそんな事関係ない。間違い無くビザなのだ。
ショコラで描いた絵
これで(正確には後にディプロムを貰ってだが)「事実上のChef Patissier(シェフパティシエ)」では無く「正式にChef Patissier」になれた。尤も「日本人初の三ツ星Chef Pstissier」などというのは帰国してから言われた事であって当時はおぼろげながら「そうかも」程度にしか知らなかった。日本を出国する際、コンクールの優勝などもそうであったがまさかこんな実績が残せるとは夢にも思わなかった。フランスでコンクールに出場出来るだけで夢のようであったし、三ツ星で働ける事自体が夢であった。夢は夢であって現実とは遙か掛け離れたものである。それを手の届きそうなくらい身近に引き寄せてくれたのは親父でありエルマティンガー氏でありステファンであり書き出せばきりが無い位、応援し支えて下さった方々である。身近に引き寄せて下さったものを私は唯ただ夢中で掴んだ。紙を掴んだ夜、幸運と私を支えて下さる方々に感謝の気持ちで一杯になり、なかなか眠れなかった。